三代の職人精神

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1代目の職人 故チェ・ヨンファ翁

味と伝統を三代目に引き継ぐ慶尚北道の指定名品

皇南パンは、故チェ・ヨンファ翁の職人精神を継承します

慶州人、慶州崔(チェ)氏チェ・ヨンファ(崔永和)食べ物が足りなく皆が苦しんでいた時代である1930年代、創業者チェ・ヨンファ翁は、1938年21歳の時、独自のパン屋を始め、韓国の伝統的なパンを作ろうという意志一つだけ持って、絶え間ない研究と努力の末、皇南パンという大きな実を結びました。

チェ・ヨンファ翁は1917年由緒ある慶州姓氏の慶州崔家で生まれました。慶州ゲナム普通学校を卒業した後、若い年齢で陶磁器取扱店、消費組合などに就職して社会経験を積んだ後、慶州市皇南洞30番地(現在の大陵苑、天馬塚の近隣)に小さなパン屋をオープンし、直接パンを焼いて販売しました。日中戦争が勃発した当時は、原料の購入が難しく、かろうじて命脈を保っていたものの、太平洋戦争時は、結局廃業する痛みを経験しましたが、日帝から解放され、米軍PXから搬出されるドロップ(キャンディの種類)を細かく砕いて、再度パン屋を運営し始めました。

多くの試練と苦痛の中で数回廃業を繰り返しましたが、それに屈することなく邁進した結果、最初パンを作り始めて17年が過ぎた 1955年になってようやく完全に定着してはじめて、人々に知ってもらえるようになりました。いつも剛直な性格でしたが、暖かい心を持っていたチェ・ヨンファ翁は、当時常連客が皇南洞の唯一のパン屋さんと称しながら「皇南パン」と呼んでいたことを、そのままこの店の名前として決めました。
一方、チェ・ヨンファ翁は敬虔なクリスチャンとして、慶州市所在の第一教会で長老を務め、単にパンを作るということだけにとどまらず、地域や教会の発展のために献身的に尽くしてきました。徹底した「職人」として、そして、敬虔な「クリスチャン」として一生を献身的に生きていたチェ・ヨンファ翁の一筋の人生は、今でも家族と知人をはじめ、多くの慶州市民に手本になっています。

2代目の職人 チェ・サンウン、現代表

庆慶州人、慶州崔(チェ)氏チェ・サンウン(崔相恩)

チェ・ヨンファ翁の次男であるチェ・サンウン現代表は、1979年彼が27歳の時 父親から直接家業を伝授してもらった皇南パンの唯一の後継者です。「皇南パンを継承する人材はお前だけだ」という亡父の遺志を継ぎ、40年近く皇南パンの伝統を守るために努力してきたチェ・サンウン代表は、チェ・ヨンファ翁の職人精神をそのまま受け継いで、権利収入の誘惑を振り切って ひたすら一か所で亡父の遺志を継ぐ皇南パンの真の職人です。

チェ・サンウン代表は、1952年慶州姓氏の慶州崔氏の代を継いで、チェ・ヨンファ翁の次男として生まれました。慶州市皇南洞で生まれ育ったチェ・サンウン代表は、慶州中学校、慶州高校、明知大学を卒業した後、今の韓国電力公社である(株)大韓電線に勤めていましたが、チェ・ヨンファ翁の呼びかけに応じて、家業を継ぐためにサラリーマンの生活を辞め、一生の半分をひたすら皇南パンだけを仕込んできています。消費者の嗜好の変化と価格変動にもかかわらず、皇南パンが着実に 人々に愛されているのは、ひたすら一筋に歩んできたチェ・サンウン代表の努力と、地域社会への献身が加わってこそ可能なことでした。

彼は皇南パンを経営して、月間東海社会の取材部長及び撮影チーム長として3年間慶尚北道と大邱全域を巡回して、一般によく知られていない重要国宝級文化財を直接撮影し、それを「慶尚北道文化財図録」全2巻を発行して、忘れ去られていく 韓国の文化財を再照明することに尽力してきました。また、慶州市新羅ライオンズの海外担当理事、韓国アマチュア無線連盟理事、慶州環境運動連合共同代表などを務め、社会貢献のための活動と奉仕で忙しい日々を送っています。流暢な日本語実力で慶州を訪れる 日本人に観光ガイドを務めることもいとわない彼は、亡父から受け継いだ温かい心と職人精神で 皇南パンの価値を見事に守っています。

3代目の職人 チェ・ジンファン

慶州人、慶州崔(チェ)氏チェ・ジンファン(崔珍煥) チェ・ヨンファ翁の孫でありチェ・サンウン代表の長男であるチェ・ジンファン職人は、皇南パンの継承と発展のために、日本とアメリカなどで伝統事業の経営と 家業について今まで研究を続けており、祖父と父の志を受け継ぎ 今後皇南パンの味と伝統を千年の間受け継がれていく3代目の後継者です。